母娘関係改善1~母との確執で自分のエゴに気づく

親子関係
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私事ですが、母との関係が改善した理由の一つに、私自身が自分の思い込み(エゴ)に気づき、母が語る”物語”を否定することなく聞けるようになったことが大きいと思います。

表面的に「あしらう」のとは違い、母を受け容れられるようになり、気にならなくなりました。私も様々な体験を積み重ね、親よりも「大人になれた」のかもしれません。

自己愛性PDの母、暴れるADHDの父

母は自己愛性パーソナリティ障害のため、私がうつ病で自殺未遂を繰り返していた際も「恵実の病気は恵実だけの問題で自分には関係ない」と、言い放つくらい薄情かつ無関心です。

気分次第でヒステリックに言葉と態度の暴力を振るうため、受容と共感力に問題があります。(参照 ナルシスト母:自己愛性人格障害の特徴と対処法

ADHDの父は酷い癇癪持ちで、怒鳴り散らしては家中の物を破壊する人。何にキレるか分からず、常に爆弾を抱えるような日々で、心はいつも緊張状態が続きました。

両親ともアダルトチルドレンでエゴが強く、「被害者意識」で強烈に結びついた共依存です。「やるか、やられるか」の家庭に、安心感や安らぎはありませんでした。

それでも最近は、「この人達だったから、私は【受容と許し】を学ぶことができたんだなぁ…」と、二人を両親に選んだ理由がよく分かってきて、自分でも驚いています。

時間をかけて、両親や自分のエゴと向き合ってきた甲斐がありました。人生における「複数の視点/捉え方」を学ぶことが、私たちの人生の目的でもありますから。

ところでエゴとは、不安に基づく思い込み・マイナスの思考感情パターン(欠乏感・劣等感・甘え・怒り・葛藤…)で、誰にでもある「無意識の防衛反応/自己愛」のことです。

特に親子関係に起因する「心の寂しさ/愛情・承認欲求のエゴ」が、人生に最も影響します

人は誰でも自分が一番大切ですから、親から様々な暴力で傷つけられるたびに、自己愛「エゴ」を強めて抵抗します。これこそが、「本来の生き方」からズレてしまう原因です。

また、本人は無自覚でも、親から支配を受けて育った結果、お子さんも同じように支配して苦しめている方もいます。

「無条件の愛」は人に惜しみなく与える意識ですが、「エゴ」は人から奪う意識で「やるか やられるか」の白黒二分思考。

非力な幼少時において、エゴは”生き延びる術”ですが、大人になると”攻撃や防御”となり、無意識に自分や他人を苦しめているのです

こうして、親子関係をきっかけに、これまでの人間関係の中で強化した”エゴ武装”は、意識化する(気づく)まで同じパターンを繰り返します

子供を虐待する親は、自分の悩みや困難に向き合わず逃げてきた人達です。自分の葛藤(エゴ)に対処しないということは、成長を放棄した無責任な生き方と言えるでしょう。

同じ悲劇を繰り返さないためにも、私たち被虐待者は親から学ばないといけません。学びたいことがあって、生まれているのですから。

エゴが降伏するとき

昨年、子宮筋腫手術を受ける際に両親と10年ぶりに再会しました。

術後も麻酔の副作用で全身の震えや吐き気がしたり、意識朦朧としていましたが、少しハイテンションになっていた私は、声を振り絞って母と話をしていました。(私自身はセッションを重ねて、母に対する憎しみを乗り越えています)

ところが、痛みに苦しむ私をよそに、母は「恵実が子供の頃から、母親としてこれだけやってきた」とアピール(自己防衛)し始めたのです。

10年ぶりの再会で、子供じみていた母が「以前より成長している」と感じていたのですが、この発言には自己保身を感じて、「相変わらず成長してない」とも正直思いました。

結局、術後で反論する気力も無い私は、「もういいや、好きに言わせておこう」と決めて、母を放っておきました。

すると、しばらく経ったあとも、母の一方的な話に反論する気が起こらず、いつもとは違うことに気づきました。恐らくこのとき「エゴが降伏した」と思われます。

退院後、しばらく実家で養生していた間も、嫌なことを言われましたが、感情が反応せず、不思議なほど母の発言が気にならなくなっていました。

エゴが解体されるキッカケはいくつかありますが、病気や老齢もその一つです。体力低下に伴い「防衛反応」が出なくなって、「抵抗しないことで上手くいく」体験をすることがあります。

もちろん、それまで「エゴに気づく体験」を積み重ねてきたことも重要でした。

エゴに気づくと問題が解消する

両親に対するエゴの中で一番強かったのが、「私の苦しみを分からせたい」という「怒り」だと思います。

両親が虐待を認めようとしないため、「私が正しいのに」と正しさ(エゴ)がますます執着を起こし、自己防衛を強化してきました。

毎日なじられ、見たくない物を見せられ、聞きたくないことを聞かされて育ったので、両親に対する怒りが強かったのは間違いありません。

これまで沢山のセッションを受けてエゴを落として来たのですが、それでもまだ残っているでしょう。(2020年追記:親に対する怒りは2018年に学び終わりました)

今回、関係が改善した要因を改めて振り返ると、母を正すのを止めたこと、私が正しいと母に分からせるのを止めたことが大きかったと思います。

つまり、母を変えようとしてきた自分に、ようやく気付くことができたのです。現実への抵抗や執着を手放したら、相手に何も感じなくなりました

母と私の見ている風景が違っていることに、ようやく気づき、事実は一つでも解釈は人の数だけあると、つくづく学びました。

母のエゴによって解釈された”物語”があるのなら、私にも私の”物語”があります。私が自分のエゴ(何にこだわっているか)に気づくことで、母の物語に巻き込まれなくなったのです。

この体験から、許すとは「自立/自律して相手への期待や要求を取り下げて、相手をありのまま受け容れること」と分かりました。

受け容れるとは”気にしない”ではなく”気にならない”ことで、恨みの心理は「相手への依存と執着」、つまり「甘え」です。

相手が「親」であるため、自分を「子供の立場」に置いて考えてしまうところが、親への怒りや恨みに執着する原因かもしれません。

親よりも「自立/自律した大人」になることが、家族問題を解決するカギではないでしょうか。

自分が自立/自律すると、期待や要求よりも、感謝することが増えます。大人になった私たちが意識すべきなのは、「いかに自立/自律して自分の人生を生きるか」です。

「親の問題」と「自分の問題」を切り離して考え、葛藤と向き合い、自立/自律と成長の体験を続けることが、すべての人間関係をより良いものにしていく基礎となります。

両親と連絡を取らなかった10年間に、私もいろいろな葛藤を乗り越えて来ました。

その中で気づきを重ねた結果、自分の正しさに執着する必要がなくなり、どちらが正しいか証明しなくても、私が私であることに変わりはないという揺るぎないものが確立されたと思います。

本当に、かっこ悪いくらいボロボロな10年間でしたが、『これでよかった』という内なる声と共に『湧き上がる幸福感』を二度体験したこともあり、『自己信頼感』は増しました。

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