与えられた”愛”にケチをつけて自己憐憫にひたる人:でもでもだって病

standfmラジオ&台本
この記事は約2分で読めます。

私の相談者さんの中には、私から注意を受けたときに、「でも」「だって」と自己正当化して、自己憐憫にひたる方もいます。(でもでもだって病)

言葉をどう受け取るかは本人の選択しだいですから、もしかすると、私の言葉を否定的に受けとめているのかもしれません。

ただ、人に相談する上での基本的な心構えとして、相手から教わろうとする謙虚な気持ちが大切ではないでしょうか。

都合の悪いことを指摘された時は、エゴで反応するのではなく、「私が相手にそう言わせたんだな」と謙虚に受けとめる、もしくは「本気で私のことを考えてくれている」と感謝の気持ちで受けとめることが、「幸せになる行動」だと思います。

全部に納得しなくても、ほんの一部でもいいですから「感謝できるポイント」を見つけると良いですよ。私のコーチングでは必ずメモを取ってもらいますが、その時に納得できなくても、時間が経ってから気づくこともあります。

特に、プライドが高い場合はエゴが反応して、平気で反論したり、ケンカ腰になって食って掛かる人もいますが、私の言葉を「愛」と受け取るか、「エゴ」と受け取るかはご本人の自由です。

ただ、与えられた「愛」に自分でケチをつけておきながら、それでいて「だれも私を愛してくれない」「私かわいそう」と、自己憐憫にひたっているうちは、幸せになるのは難しいと思います。

「愛」にはさまざまなカタチがありますから、自分が思うような「愛」のカタチでなかったとしても、一度受け入れてみると、何かが変わるかもしれませんよ。

今は、こうやって偉そうにしゃべっている私も、そういった時期を経て、ここまで成長して来ました。誰でも成長はできます。お金も時間もかかりません。自分の反応の仕方を変えればいいだけです。

私のコーチングでは、年代によって外すエゴに違いがありますが、20代の相談者さんは「プライド」をよく外します。素直に自分と向き合える人ほど、幸せになれますよ。

タイトルとURLをコピーしました