30代-うつ病から得たもの手放したもの

親子
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これまでの体験から、20代でうつ病という『本来の自分を取り戻す機会』に恵まれ幸運だったと思っています。

病気になった当初は、家族にフリーターとバカにされる中、やっとの思いで就職した大企業での仕事、年齢的な若さ、友人など、多くを失ってしまったような悔しさがありました。

それでも、何年か時が経つにつれ「手元に残ったものだけで充分生きていける」という思いが自然と湧き上がり、自分を信じることができるようになりました。『自己信頼』を得たのです。

そして、病気で失ったものは今の私には不要になったから手放しただけ、怒りなどの「感情」はそれ自体決して悪いものではなく、感情に振り回される自分に問題があるということに、ようやく気づきました。

さらに、家族問題や病気など一見悪いことに思える出来事も、すべて自分の選択の結果なのだと『人生のしくみ』が徐々に解り始め、『生きる』ことを純粋に体験したかったから生まれてきたのだと納得できました。

そのほか病気から学んだことに「当たり前のことに対する感謝」があります。療養中は、体がだるく眠りたいと思っても、48時間丸々眠れないこともザラにありました。

ですから、夜になると自然と眠くなり朝になると自然と目が覚める睡眠リズムなど、無意識に機能している「人間の体のしくみ」はとても有難いことなのだと気づきました。当たり前の健康なんて無いのですよね。

病気のお陰で学んだことは、私のブログ全部に共通して書かれていると思います。”不幸”に見える出来事も、気づきを得ることで貴重な体験にすることができます。

人や物事を恨んで生きるのも自由、自分をいじめた相手から気づきを得て感謝するのも自由。私は感謝の人生を選びます。時間はかかりますが、そのほうが楽だから。

* * *

【私のスピリチュアルライフ】

求めるものが用意されていない環境を選んで生まれることが、人間にとって一番の学びになります。

私の場合、無償の愛を求めて生まれましたが、両親からその提供がないので、自分の中から生み出すほかありませんでした。

言うまでもなく、家族の絆や愛情を頼りにできないことはとても悲しいことです。

ただ、そのお陰で私の場合は人生の目的に気づくことができ、「自分で自分を愛し、育てる」ことを学ぶ機会になったので、今となっては自分の選んだ環境に感謝し、満足しています。

私は私で自分の人生を大切にしながら、家族とは少しずつ分かり合えるようになれば、それで充分だと今は思っています。

私と似た生育歴の方の中には、本人の自覚の有無とは関係なく、親(養育者)に対して恨みのような感情を持ち続けている人もいるようです。

傷ついた感情に執着したり、その逆に「無かったこと」にするのでもなく、しっかりとその感情と向き合うプロセスを経て、ようやく辛い体験を乗り越えることができるのではないでしょうか。

ですから、充実した人生や家庭を築きたいのであれば、まず自分の問題に対処する必要が出てくると私は考えています。

幼少期のこころの傷と向き合わないまま大人になり、不平不満を周囲にまき散らして、家族や友人、恋人を傷つけている人は少なくありません。

恥ずかしながら私の両親がそうですし、私自身も周囲に迷惑をかけました。ちなみに「自分は大丈夫」とエゴで防衛している人ほど要注意です。

どこまで深く掘り下げて自分と向き合うかは人それぞれですが、幼少期のこころの傷を癒すのは、大人になった自分に対する責任なのではないでしょうか。

私も皆様と同様、気づきへの道の途中であり、命ある限り、その道は続きます。さらに、それは個を超えて、もっと大きな存在を信頼する道でもあると思っています。

【追記】
この記事を書いたあと、「これで良かった」「充分だ」という内なる声と共に『満ち足りた感覚』が湧き上がる体験を2度しました。なんとも言えない幸福感。

私の中で『安定感』が増した感じがします。内なる声の正体はハイヤーセルフです。

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