親が”毒親”でも自立しないのは自分の責任

親子
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私は”毒親”というワードをあまり使いません。

このブログを見つけてもらうため、記事内で使用しているだけです。記事内でも言及することがあまり無いので、毒親で検索されて来た方をガッカリさせていることでしょう。

これは個人的な考えですが、ご相談くださる方で”毒親”という言葉を使う方は、自分のことは棚に上げて、親を責める傾向が強いと感じます。

親の庇護が必要な10代なら話は別ですが、社会人(特に30代以降)にもなって、自分の意思で実家暮らしを続けながら「毒親なんです!」と、一方的に親を非難するのはいかがなものでしょうか…。

うつ病でも実家暮らしができない方は、病を押して働きながら一人暮らしをしています。同じ様にしなさいとは申しませんが、より厳しい状況にある方の存在も知っていただくとヒントになるかもしれませんね。

もちろん母娘問題で悩む方のお気持ちは理解できます。でも私の経験から考えると、自分の力で自立できる年齢にもなって、成長しない言い訳に「親」を使うのは、正直もったいない生き方だと思います。

私の考える自立とは「エゴの克服」です。エゴ(自己否定の思い込み・自己防衛意識)の殻に閉じこもっていても、自分らしく生きることはできません。

「自分は悪くない」とエゴにしがみついて「人生の責任」から逃げる人は、幸せになる資格が無いと私は思います。心穏やかに暮らすには、自分の弱さと向き合う決断が必要です。

”毒親”もあなたも、自分以外の誰かを言い訳にして「自立と成長」から逃げることはできません。しかも、現実(葛藤)から逃げるほど、悩みは大きくなるだけです。

* * *

実はここ最近「自立する責任」を放棄して、すべてを”毒親”に責任転嫁する傾向が気になっており、この件に関して記事を書かなければと思っていました。

そんな中、たまたま『「毒親」の子どもたちへ』という斎藤学先生のご著書のレビューを見かけたのですが、人気があるのは批判的なものばかり…。

斎藤先生はアダルトチルドレンの権威です。私はこの本を読んでいませんが、★5のレビューを見る限り、毒親批判ではなく自立を促す内容なのでしょう。

カウンセラーやセラピストなら納得する内容だと思いますが、低評価の方は、親への怒りを著者に投影しているだけではないでしょうか。

実際のご相談でも、「自分の甘えを満たしてくれるに違いない」という無意識の期待(エゴ)がある相談者は、甘えを指摘されると「裏切られた」と感じるようです。

いくら私が元アダルトチルドレンだとしても、今は「自立支援」を目的として活動していますから、相談者を子供扱いするわけにはいきません。

傷ついたお気持ちには寄り添いますが、「甘やかし」と「自立に必要な甘え=受容」は違います。「あなたは悪くない」という言葉を期待することが依存(エゴ)です。

すでに育ち上がった大人である以上、自分の人生の責任は自分にあります。本気で相談者の将来を思うからこそ、何でも肯定するわけにはいかないのです。

私もセラピーで自立できましたが、やはりセラピストさんの厳しさと慈愛が支えとなりました。「現実」から逃げている人は、自由を求める資格もありません。

人生の問題は葛藤と向き合い、成長すれば解決します。厳しい言い方かもしれませんが、そのプロセスに入る決断をするまでは、親への怒りと恨みに苦しむしかないでしょう。

苦しみを終わらせたいと心底願うとき、ようやく次の扉が開かれるのです。この扉は内側からしか開かないので、あなたの決断が扉を開けるカギとなります。

自立は強制されてやることではなく、自発的な欲求です。つまづいた方に私ができることは、手を差し伸べて立ち上がれるよう支援すること。

自分の足で立とうともせず、抱っこをせがむ”大きな子ども”を、無理やり立たせるわけにもいきませんよね? 私が行っている「自立支援」をご理解いただける方と、一緒に成長したいと願っています。

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