”毒親”:父が発達障害、母が自己愛性人格障害

自己愛性人格障害
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父が発達障害、母が自己愛性人格障害

私の父は衝動性優勢型のADHDです。些細なことでキレては、怒鳴り散らして物を破壊する人で、は父の事を「病気」「物事の道理が分からない」「加減が分からない」などと、悪く言っていました。(こんな父親でも悪く言われると、子供としては傷つきます)

母は自己愛性人格障害があり、父と同じく支離滅裂です。私が父の事を悪く言うと、自分のことは棚に上げて激高するので、幼かった私はいつも混乱していました。

大人になって分かりましたが、父母は共依存のため、父親の悪口=自分の悪口と母は受け取ります。だから、自分は夫の悪口を子供に垂れ流すくせに、子供が父親の不満を言うと激高するんです。

父の攻撃性はひどく、少しでも自分の思い通りにならないと癇癪を起こすので、「大人なら自分の感情くらい自分でコントロールできるはずなのに」と、子供心に憤りを感じていたのを覚えています。

一番ショックだったのは、父が自分のミスに発狂して、家中の引き出しをひっくり返し、私が大事にしていた宝物を壊したうえに、ベランダから裏の空き地に掃除機や花瓶を投げ捨てていたことです。

このようなことは何度も体験しており、父の異常性にいち早く気づいていた姉は、「パパは幼児と同じ。怒るか笑うかでしか感情を表現できない」と憤っていました。(私も姉も発達障害はありませんが、姉は高IQで理解力が長けています)

いつ罵声を浴びせられるか分からないので、つねに緊張感にさらされ、「恐怖」で支配された牢獄のような家庭環境でした。

本来「子供の甘え」を満たして自立を促すのが親の役割ですが、我が家は親の機嫌を子供が取らされるので、「親の甘え」を子供が満たす「親子の役割逆転」の状態。

人間は自分が甘えられる人にしか攻撃性を出さないので、家族(特に子供)が虐待の犠牲になりがちです。幼い子供であっても精神的に大人であることを強いられ、子供らしく生きることも許されません。

誰でも20代から30代にかけて「子供の人格から大人の人格」に成長する心理的成長期がありますが、両親とも我が強い気質なので、エゴを改めず傲慢に生きてきたことが虐待の原因と私は考えます。

そんな父も現在70代となり、癇癪はだいぶ収まりましたが、我慢できない短気な性格や自分優先の自己中心主義、人の気持ちが分からない共感性の欠如などの気質はそのまま。

本人に自分を改める気が無いので当然と言えば当然です。未だに気に入らないことがあると悪態をつきますし、自分と他人の境界線も分かりません。

母がマトモであれば私も救われたのですが、「私は常に正しい・私は一番エライ・私は特別だから奉仕しなさい」の自己愛性人格障害ですからね。

本人に病識(自分が病気である自覚)が無いうえに、「私は愛情あふれる良い母親」という自己陶酔で防衛しながら攻撃するのでお手上げです。子供を保護する大人がいない典型的な機能不全家族でした。

”毒親”に関する私の考察

人の痛みが分からない両親は、生まれつき心から反省する能力がありません。共感性(人の気持ちを想像したり汲み取る力、人と感情を共有する力)が機能していません。

常に「自分は悪くない」と自己正当化し、虐待行為も「ちょっとやり過ぎた」程度にしか思っておらず、「申し訳ないことをした」という罪悪感が無い。それでいて自分が傷つくことには敏感です。

私から見た両親は、自分の現実に他者を入れない「閉ざされた自己中心的世界観」で生きており、心の寂しさや欠乏感から逃れたいという「必要性」で引き合う共依存夫婦です。

二人とも「愛」を知らないので、感謝の念や思いやりの心が無く、両親の口から「ありがとう」と「ごめんなさい」を聞いたことがありません。

「愛」は人に与える意識、「エゴ」は人から奪う意識です。エゴ(不安から自分を守る自己中心思考)が強い人は、自分の中の「愛」が減るのが不安で、他者と「愛」を分かち合えません。

そのため「自分の愛は自分のもの。人の愛も自分のもの」というエゴで、”愛の搾取”を繰り返します。これが愛情飢餓と虐待の世代間連鎖の元凶でしょう。

私の父も愛に飢えた人で、いつも母を独占しては自分の母親代わりにして甘えるので、幼い頃の私は「私のママに甘えるな」「大人なのに気持ち悪い」と、軽蔑と嫉妬を感じました。妻に甘えてわが子から母親を奪う父親など、もはや親ではありません。

なお、生育環境よりも、本人の気質=先天的性質(生まれつきの我の強さ、執着の強さ、思考の極端さ、成長の仕方、学ぶ意欲)が、発達障害やパーソナリティ障害の主因だと私は捉えています。

親に攻撃されて育つと、どうしても自己防衛意識(エゴ)が肥大化しますが、自分のエゴに無自覚なまま、成長を放棄して「子供の人格」に執着することで問題が深刻化するのではないでしょうか。

その後の親子関係

長年両親とは連絡を取っていなかったのですが、私の手術がきっかけとなり、10年ぶりに再会しました。(普通の親なら電話の一本くらい掛けてきそうですが、心配の仕方を知らない人達ですからね)

父なりに私を気遣ってくれ、私も頭では有難いとは思うのですが、過去の虐待について謝罪がまったく無く、何事もなかったかのように接して来るので心は複雑です(父は昔からそういう態度でしたが)。

私が自殺未遂を繰り返し、助けを必要とした時には”知らぬ存ぜぬ”で通したのに、今さら都合よく”父親面”されても正直イラッとします。

昨年聞いたのですが、母いわく「定年後の生活でパパと何度もぶつかった。今まではこっちが折れて、なだめすかしてきたけど、結局ワガママ放題になった」とのことで、母なりに反省もしたようです。

といっても、人間の情が育っていない人ですから、反省ではなく後悔に近いでしょう。母も我慢できない性格で、夫婦関係のストレスを子供にぶつけて発散していましたからね。

子供が独立してストレスのはけ口が居なくなり、仕方なく本人にぶつけるようになったらケンカが増えて、自分が痛い目に遭うので、ようやく問題を解決する気になったようです。

人間が成長するときには痛みが伴うものですが、父も母も「成長痛」から逃げ出し、自分の感情処理を子供に押し付け、無責任に子供に甘えて生きてきた人。

「自分の信じる現実」だけが唯一の現実で、人の気持ちはどうだっていい。自分の人生の責任は一切負わない成長しない人生です。私と姉のお陰で、我が家はバラバラにならずに済みました。

私の場合は、逆説的ではありますが、沢山の葛藤を乗り越えてきた結果、この世には『成長しない』という成長の仕方もあると分かり、両親の『成長しない自由』を受け入れられるようになりました。

(だからといって相談者さんに「親にも成長しない自由がある」などと、傲慢なことは申しませんのでご安心ください。すべては個々人が成長プロセスの中で気づくことであり、それこそ”気づかない自由”もあります)

自分の未熟さに気づくことでエゴを卒業し、「親と子供」という主従関係を卒業できたら、いろいろなことが受け入れられるようになってくると思います。

(参照:娘をやめると母娘関係が改善します 親離れできない原因と共依存の克服 中途半端に母親が嫌いな人は自立できない 親が”毒親”でも自立しないのは自分の責任

これから介護が始まると、また関係が変化するとは予想しますが、子供の頃から親の世話係を押し付けられた私は、この歳になってまで親の世話を焼きたいとは思えません。

でも、両親のことは心配です。エゴ(孤独)が強いと人に騙されやすくなるので、防犯面では今からフォローしています。(掃除やペンキ塗りも帰省時にやります)

両親とも素直に注意を聞かないため苦労が多いです。母は浄水器や高級羽毛布団などで騙された実績がありますが、本人は一切認めません。「孤独の強さ」と「頑固さ」は比例しますからね。

昨年も、知らない人からの電話で騙されていたので、固定電話の留守電設定と使い方をレクチャーして来ましたが、欠乏感(もっともっと欲しいエゴ)が強いと厄介です。

痛い目を見ないと学べないんだろうなぁと思いますし、痛い目を見ても「自分は悪くない」と自己正当化して学べないんだろうとも思います。

うつ病を克服した娘

カウンセラー修行の一環で、複数のヒーラーさんにエネルギーを見ていただいたところ、発達障害はないのですが、エンパス(共感体質)との指摘をよく受けました。HSPの一部がエンパスだとか。

エンパスは生まれつき繊細で共感性が高く、人の感情を深く感じやすいのが特徴です。親が口で言っていることと、「本心」の違いが分かり過ぎて傷つくことが何度もありました。

心が「思う」だけで波動が波紋のように伝わることもありますし、私は文章や声からエネルギー(思考感情の念)を受けるので、日ごろも気を付けています。

キツイ修行ほど心が磨かれますから、人の気持ちが分からない両親の元に生まれたのも、今なら納得できます。エゴの枠を外して「心の器」を広げると、受け容れられることも増えました。

同業者のプロフィールで「ヒーラーの家系」とか「神職の家系」などとアピールしているのをよく見かけますが、私は「両親が人格障害と発達障害」というある種のサラブレッドです。

逆境であるほど能力を発揮してしまう私の気質にピッタリ。逆に言えば、自分の能力を発揮するために逆境が必要だったのでしょう(人それぞれ解釈の仕方は自由です)。

10歳頃に「虐待は繰り返す」と気づき、「親と同じ問題を繰り返さない」と自分に誓った私ですが、情緒的交流ができない親との関係から、つねに虚無感と寂寥感に包まれ、心が雨漏りする日々でした。

大学卒業後に心理療法とカウンセリングを学び始め、自己理解を深めていた矢先、20代でうつ病を患う体験に恵まれました。

転機となったのは、生きるか死ぬかの瀬戸際で出会った、厳しくも慈悲深いセラピストさんからの学びです。自分では気づけないエゴをたくさん指摘していただき、自立のサポートをしてくださいました。

ちなみに、そのセラピーの初日だけ母も同席しましたが、「娘の病気は娘だけの問題で自分には関係ない」と、宣言する相変わらずの無責任さにぼう然としたのを記憶しています。

(諸説ありますが、うつ病は親から「理不尽な怒り」をぶつけられてエネルギーを吸い取られた人が発症することが多いようです。私が相談を受けた経験では、私と似た生育環境でも本人の気質によって、躁鬱・不安障害・統合失調症を患う方もいました)

当時の私は立つのがやっとの状態で、自力歩行も困難でしたけどね。娘の病気を認めてしまうと責任が自分に来るから、最後まで責任逃れするんですよねぇ。

とはいえ、私もエゴで人に迷惑をかけてきたので、親だけを悪者にするつもりはありません。人の気持ちが分からない両親は、私にとって貴重な反面教師です。

昨年で「怒りの解放」は終わり、「親を許す、許さない」という考えも、どうでもよくなりました。その点では執着が無くなったのでしょう。

生涯にわたって「人生の学び」は続きますが、逆境のお陰で「自己信頼」を確立できたので、両親には感謝しています。

字数の関係でそろそろ終わりにしますが、誰にでも30才前後で、エゴを克服して心理的・社会的に自立する転換期/心の成長期が訪れます。

この時期にエゴを克服せず、「子供の人格から大人の人格」に成長することもなく、依存的な生き方を選んだ人は、40代以降にエゴが悪化して問題を抱えます。

”毒親”と呼ばれる人は、心の成長期に「依存」を選択した人です。親と同じ問題を繰り返さないよう、成長すべき時に成長しましょう。あなたにも人生を変える力が備わっています。

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